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大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)1052号 判決 1956年4月18日

控訴人 大阪貯蓄信用組合

被控訴人 田村秀子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

被控訴代理人において「普通預金は預金者の請求により何時でも払戻される預金である。本件預金の払戻を受けた粟野義雄は当時控訴組合の職員であつて、右預金払戻事務を担当した職員は同人か本件預金の債権者でないことは知悉していたから善意の弁済者ではない。仮に善意であつたとしても、自己の従業員が、その偽造にかかる払戻請求書を以つてする請求に応じて為された本件預金の支払には過失があるから弁済としての効力はない。」と述べ、控訴代理人において「普通預金が何時でも請求次第払戻される預金であることは認める。控訴組合は金融機関であつてその業務の一である普通預金の払戻はその取扱数多数で迅速を要する関係上払戻を請求する者がその権限を有するか否かを一々その者につき調査することは事実上不可能であるので、金融機関は預金を払戻す際は単に提出された預金通帳が真正か否か、払戻請求書に押捺してある印影が預金者の届出印鑑に照合上合致するか否かを調査するを以つて足るとされているのであつて、この調査にして間然するところなくなされた結果正当な払戻請求権者と信じて支払われたものである以上、金融機関の過失の有無にかかわらず弁済として有効と見るべきである。本件預金の払戻に当つても控訴人の預金払戻事務担当者は前記の調査をしたところ、通帳は真正であり、払戻請求書(乙第三号証の一、二)の印影も被控訴人届出の印鑑と照合上一致したので粟野義雄をその払戻及び受領につき被控訴人の代理人として正権限を有するものと信じ払戻金を交付したのであるから、その支払は有効である。粟野義雄は当時控訴組合の外務員ではあつたが、控訴人の被用者ではなかつた。被控訴人は同人を信用して本件預金通帳を預けたため、その冒用するところとなり本件預金引出の結果を招来したのであつて、自ら招いた被害であり、何等の過失のない控訴組合がその負担の責に任ずる筋合ではない。」と述べた他は原判決事実適示と同一であるからここにそれを引用する。

〈立証省略〉

理由

被控訴人が控訴組合に対し昭和二八年六月二二日金二四万円を普通貯金として預入れたこと、控訴人が粟野義雄に対し、同日及びその翌二三日の二回に右預金の払戻として合計二四万円を交付したことは当事者間に争がない。控訴人は右は債権の準占有者に対する善意の弁済であるから有効であると主張し、成立に争のない甲第一号証の一、二、乙第一号証、被控訴人の印影の存することにつき争のない同第三号証の一、二、原審及び当審証人松尾賢治、粟野義雄当審証人江見紀久子の各証言を綜合すれば粟野義雄は被控訴人より依頼を受けた代理人として、右預金の通帳と預入に際し届出てあつた被控訴人の印鑑に照応する印影ある払戻請求書(乙第三号証の一、二)とを提出して右払戻を請求したので、控訴組合の係員は右通帳と請求書を調査の上同人を被控訴人の依頼を受けた正当な代理人と信じて前記払戻をしたことが認められる。一般に控訴組合のような金融機関はかかる払戻を迅速に多数取扱わねばならないであらうことは社会通念上首肯できるので、右控訴組合がなしたような調査の限りにおいて、預金払戻請求権者として疑の余地がない以上、たとえそれが預金者の代理人の資格においてであろうとも、特別の事情のない限り、債権の準占有者に対する善意の弁済者としての保護を受けうるであろう。被控訴人は右粟野は控訴組合の被用者であつて預金者本人でないことは控訴人の払戻担当者は熟知するところであるから善意の弁済といえないというが、同人が預金者の依頼を受けた代理人として払戻の請求をし、控訴組合の支払担当者がかく信じてなされた払戻であること叙上の通りであり、代理人資格における債権の行使者も民法第四七八条にいう債権の準占有と見るべきであること前説示の通りであるから、此の点に関する被訴控訴人の主張は採用できない。然し債権の準占有者に対する善意弁済を有効としたのはもとより取引の安全を目的とするのであるから、弁済者が相当な注意を用いたに拘らず善意であつた場合に限ると解すべきところ、原審ならびに当審での証人粟野義雄の証言と被控訴人本人尋問の結果を綜合考察すれば前記粟野は控訴組合に雇われ、企画部長という名称を外交上使用することを許されて預金の勧誘等を担当していたものであるが、かねて知合となつた被控訴人を勧誘して本件預金をなさしめ、控訴組合の従業員であるが故に信用されてその預入手続を一任され印顆を託されるや、これを前記乙第三号証の一、二の払戻請求書用紙に冒用押印しておき、更に被控訴人に対し普通預金よりも定期預金に振替えるが有利であると申向けて被控訴人が考慮する期間暫時右預金通帳の保管を託したのを奇貨として、前記払戻請求書に被控訴人名金額等を記入して叙上払戻請求書二通を偽造し、これと右通帳とを冒用して本件預金の払戻を受けたことを明認しうべく、右認定に反する当審での証人松尾賢治の証言は信用できない。右認定の事情によれば、本件預金の払戻は控訴組合の従業員の不正行為に基いてなされ、その事故の主因はむしろ弁済者たる控訴組合の機構の内部にあつたと見るべきであろう。もとより被控訴人が叙上のように粟野を信頼したこともその一因ではあるが、その信頼自体が同人が控訴組合の従業員である点にかかつていたこと前認定の通りであるから、反証のない限り、この従業員を選任して雇入れ使用していた控訴人側に本件預金の払戻をなすにいたつたことにつき過失があつたと見るべきである。右次第であるから同人に対してなした冒頭認定の本件預金の払戻は真の債権者たる被控訴人に対しては無効であり、控訴人は被控訴人に対し右普通預金二四万円とこれに対する本件訴状送達日の翌日であること記録上明かな昭和二八年八月二三日以降(普通預金が請求次第払戻されるべき預金であることは当事者間に争がない)右完済になるまで少くとも民法所定年五分の率による遅延損害金の支払を為すべきである。これと同旨に出た原判決はもとより相当であり、本件控訴は理由がないので棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 山崎薫 喜多勝)

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